二子玉とムサコ…?
「二子玉へ行こうよ、それからムサコにも…ネッ。」
奥さんが言った。
「ん~!、 ニコタマ・むさこ… ?」
「…わたしゃ、そんなとこ行きたく…ナイよ。」
そう思った。
だが、そうしたことは決して口に出してはいけない、
きっと奥さんには深い考えがあるはずだ。
ということで、3月6日に「横浜地下鉄~田園都市線」に乗り「二子玉」へ向かったのだった。
おお、LEDキューブだ!
二子玉川駅を出て「高島屋」へ向かったところで、驚いた!
「何だ、ありゃ~ ?」
建物の壁面にくっついてるキューブ(立体四角)が動いてる。
立体画面が生き物のように、キビキビと次々に変化する。
「おお!、これは近ごろ噂さのLEDキューブじゃないかッ」
初めて見たから、私しゃオドロイタ。
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| ■高島屋南館にLEDキューブ | 3台の大型LEDキューブとマティスガーデン |
この最大6m四方のLEDキューブは、南館のファサードに2025年3月に設置されたばかり。アート作品「ジェネラティブアート(プログラムによってコンピュータが自動生成するアート)」や、季節を感じられる映像コンテンツなどを放映するという。
白い、ムニュムニュ…?
キューブがある南館の右側の建物が「本館」なのだけど、
「?? 変なものがある… 」
魚の骨のような、あるいは溶けかかったアイスクリームのような、何とも表現しがたい「白い垂れ下がり壁」がみえた。これは、本館正面全体を覆ったファサード装飾なのだが、あまりの異様さにまたまた驚かされた。
このムニュムニュは歩行者用のアーケード(イタリアでは「ガレリア」フランスでは「パサージュ」)。
2010年の40周年リニューアルで設けられた。厚さ約1.5mmのアルミ板を一枚一枚異なる曲線で切り抜き、細い鉄骨でつないで構成。
改修デザインを担当したのは 隈研吾さんで、建築界での評価はかなり高いらしい。
一般からの評判は「白いフワフワの屋根がよく分からない」とか「百貨店らしい重厚感がない」ということで「評判は微妙」らしい。
玉川高島屋S・C本館ファサード改修
玉川高島屋は「横綱」だった
私は、奥さんのお供して「横浜高島屋」へはよく行く。
現在、高島屋の国内の店舗数は13あるが、横浜高島屋は日本橋・大阪の二つの本店と並ぶ主力店の一つ。売り場が広いから今だに迷ってしまう。
ところで玉川高島屋の売り場はさらに広かった。それもそのはず「玉川高島屋SC」の「SC」はショッピングセンターの意味。高島屋本体(百貨店)+多数の専門店街(南館+西館+東館+マロニエコート+ガーデンアイランド)が入って一体の「SC」になっている(下図参照)。
「本館タカシマヤ」は、広々とした通路を挟んでゆったりした売り場。さらにそれに東・西・南などの建物が加わるわけだから、とんでもない広さだ。
だから相撲にたとえれば、横浜高島屋は大関で玉川高島屋は横綱だな。
ニコタマは、もともと 遊園地「二子玉川園」から始まり、現在の高級住宅・商業都市へ変化した街。1960年代には年間66万人が来園する郊外の人気レジャー施設だった。しかし、周辺が住宅地化して騒音問題で大型遊具が作れない、さらに新しいテーマパークに客が流れるなどで衰退した。
そこへ登場したのが玉川高島屋。二子玉川は「遊園地の街」から郊外ショッピングの街へと変化した。東急田園都市線の沿線開発の“象徴”として作られた商業拠点が玉川高島屋だった。開発の参考になったのがアメリカの 「ショッピングモール」 という、当時としてはかなり新しい発想だった。
その後、遊園地跡地にテラスマーケットや二子玉川ライズなどの商業施設がオープンし、楽天本社が移転してタワーマンションが建設された。商業オフィス+住宅+公園が一体となった現在の都市になったってわけだ。
ところでニコタマの特徴の一つに「高級住宅地」があるわけだけど、富裕層住宅は駅から少し離れた坂の上の「瀬田」地区にあるそうだ。だから駅近辺や公園からからは全然みることが出来なかった。
なお「二子玉川」の名称は、かつて多摩川を挟んで神奈川県側の「二子村」と、東京側の「玉川村」の地名を組み合わせた地名。1929年の駅開業時に名付けられた。さらに「二子村」の由来は、5~6世紀の古代に、二つ並んだ古墳があったためという説が一般的。
ところで、奥多摩から流れて東京と神奈川の境を通り東京湾へ注ぐ川の正式名は「多摩川」。でも二子玉川は「玉川」で、多摩美大や玉川学園なんてのもある。なぜ違いがあるのか?ってことだけど…「玉川」は昔の表記で、現在の川の正式表記は「多摩川」に統一された。しかし、周辺の地名には玉川が残ったということなんだってさ。
リネンバード 二子玉川
玉川高島屋の裏側エリアに「柳小路」と呼ばれる、雑貨店やカフェが集まる小さな路地がある。ニコタマに着き、最初に向かったのがそこにある「リネンバード 二子玉川」だった
リネンバードは、ハンドクラフト材料や道具、ベルギーLIBECO社を中心にセレクトした輸入生地を揃えた小さな店。地階には毛糸専門店のMOORIT。この路地には、ほかにもヨーロッパ系ナチュラル店などがある。
ニコタマには、小さなブランドや個人デザイナー、クラフト店が集まっているそうだが、その理由は偶然ではなく、高島屋が「上質な生活文化の街」を作ろうとした結果だという。近くには富裕住宅地がある。そのため客層が「生活の質にお金を使う人」「文化的な生活をする人」がいるからだという。
奥さんがニコタマに来た理由はリネンバードへ来ることだった。
店員さんとおしゃべりしながら、何とそこに1時間くらい居た。その間、私はぶらぶら店内をうろついていたのだが、自然素材のリバティ生地や小物の骨董品が置いてあるから退屈しなかった。
行きはあざみ野で乗換えてニコタマへ。帰りは溝の口乗換えでムサコを経て横浜へ。
田園都市線やJR南武線はほとんど利用しない路線です。だからすごく新鮮だった。
そういえば10年ほど前のことだけど、私が退職後の移住先を探す際に、あのあたりのマンション巡りをしたことがあった。上の地図で強調しといたけど、小田急線の喜多見や狛江、それから田園都市線の桜新町や宮前平。これらの駅に降りて予約しておいたマンションを見学しにいったものだった。いずれもふつ~の住宅地だったけどあの頃はまだ5~6千万だった。でも今や、きっと8千万越えなんだろうな。
おわり













