0517 馬車道を探訪した

街と文化

あいかわらず体重が2㎏オーバーのままだ。
行動自粛で自宅に籠(こ)もることで生じる 「コロナ太り」に関して、ダイエット外来医師の工藤孝文氏がその理由を書いていた。

「自粛がはじまってから、一ヵ月で3㎏増加など肥満の相談にくる患者が多くなった。理由は運動不足ではなく日光を浴びなかったり、不安な気持ちになると、幸せホルモンと呼ばれる『セロトニン』が不足すること。それを正常値にしようと糖質食が欲しくなるので、それがコロナ太りの本質です。

気温が28度を超え、心地よい初夏の気候になった。公共施設や デパートもどこもお休みだったから、「関内」あたりを散歩した。
JR関内駅 から海のほうへ向かう通りに 「馬車道」商店街がある。 「馬車道」って 言葉には明治時代の響きがあってなぜか好きだった。

「 馬車道」は商店街じゃないな!

初めて歩いた感想は「う~ん、これは商店街じゃない。 だいぶイメージが違うな 」と思った 。

レンガを敷き詰めた歩道に本物のガス灯 や街路樹が設置され、人も車も少なくてココチ良い。でもレストランや喫茶店、ビストロやバー、ブティックなどはあるのだが、私が期待していた「ふつーの商店」がほとんど無い。しばらく歩いてから気づいた。「あ~、この通りは商店街じゃなくって、ショッピング・ストリートなんだ」

私のイメージにある商店街は、アメ横に代表されるような通りだった。歩道にまで商品があふれ、魚屋や八百屋の売り子たちが、店先で「らっしゃい」とか「安いよ」とか声を掛けてくる。私が期待していたのはそんなアクティブでインタラクティブな通りだった。

「馬車道商店街」は、 新しく整備されているので綺麗な一本道。 建物の外からは店員の姿も見えないし ドアを開けて ショップに中に 入らなきゃ何があるのかわからない。 昔ながらの商店街ではなく、そこかしこにモダンでレトロな面影を残すちょっとおしゃれな雰囲気がある。
そうだよな、ここは文明開化発祥の横浜だ。下町風情のただよう庶民の台所とは違うんだよな。
やっと頭を切り替えることができた。

通りの中ごろには、本郷 新の「太陽の母子」像が突然あらわれた。赤ん坊を抱く母親像なのだが、「あれ…、これは大阪にも同じものがあるよな…?」 
解説をみると、この場所は日本人が初めてアイスクリームを売った場所。アイスクリームの原料のミルクから連想して、母乳で子供を育む母をイメージして制作され、日本アイスクリーム協会がアイスクリーム発祥記念として、1976年に馬車道に寄贈したものだという。う~ん…あまり良い作品とは…。

「写真発祥の地」ってのもあった。横浜港が開港したわずか2年後の文久元年(1862年)写真の技術を習得し、アメリカ人の写真家ジョン・ウィルソンからカメラやスタジオを譲り受け日本で最初の写真場(館)を開業したのが下岡蓮杖だった。(カメラの蓮じい 下岡蓮杖 紹介)
下岡蓮杖 顕彰碑」は、漏斗を逆さにしたような あるいは砲弾のような円錐形に近い土台にカメラを載せたユニークな形状。誰が見てもヘンなオブジェ。制作は横浜市生まれ、イサム・ノグチと出会い影響を受けた 田辺光彰。横浜港シンボルタワーに「遙かなるもの・横浜(花壇)(貝)」2作品がある

浮世絵に見る馬車道

馬車道にある最も重要な建造物の県立歴史博物館」は残念ながら8月まで休館中だった。そこで、 博物館 HPによって紀要にあたる「歴史博物館だより」という資料を覗いてみたところ、馬車道を描いた横浜浮世絵があった。
だから、この鳥観図を「同時期の古地図」や「現在の空撮写真」と見比べたところ、すごくおもしろかった。
赤線=馬車道青線=本町通り
■ 横浜スタジアム(横浜公園)の位置に隔離された遊郭があった

私は地図を観るのが大好き。
とくに時間的経過をへて変化する土地の状態を較べてみることが好き。
現在は埋められて、JR根岸線と高速道路が通っている線が当時は「脈大岡川」と呼ばれた水路。こうしてみると、埋め立て前には横に長い浜があったから「横浜」って地名になったてことがよく分かる。

関内には博物館になってる建造物がいっぱいある。今回はコロナ自粛で全部休館中だった。今後、ゆっくり覗いてみたいものです。

横浜まちあるき(1)・馬車道ルート
 https://www.youtube.com/watch?v=bZ3ylBfZwzE
横浜まちあるき(2)・汽車道ルート
 https://www.youtube.com/watch?v=Yq6k-_X1V7U

横浜観光ボランティアガイド(モデルコース紹介あり)
 https://www.ycga.com/

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