0609 朝ドラの「エール」に自分を顧みた

思い出

最近、ときおり朝ドラの「エール」を見ている。

古関裕而さんの名前は知っていたが、あんなに幅広い分野で数多くの作曲をしたのにはすごく驚いた。

あのドラマの初めごろは 、ホントは福島が舞台なのだが、奥さんの「音」が、私の実家近辺の出身だったことから、懐かしい光景が映し出されていた。

毎回オープニングの海辺光景は渥美半島の海岸だし、子供時代の小学校も、私の父親が教頭時代に6年ほど勤務した小さな山間の小学校が撮影に使われていた。

「長崎の鐘」「君の名は」「イヨマンテの夜」東京五輪の「オリンピック・マーチ」など、あれほどの才能に恵まれながらも、駆け出しのころにはなかなか認められずに苦労したのは意外だった。

クラシックに情熱を燃やしていた彼は、西洋音楽にこだわり歌謡曲とは距離をおいていた。いわば大衆曲を見下していたところがあったようだ。このあたりが放映されてた頃、家内が私に言った。

< あんたも若いころはこの人とおんなじだったよ >
「えッ…?」

一瞬どういうことなのか分からなかったが、少しして「あ、あのことか!」と気づいた。

とつぜん怒り出して教えてくれた

陶芸を教えているある方と、仕事関係で一緒に京都・金沢を旅行したことがあった。その際に列車で移動しながらの会話だった。

「私の高校の先輩で芸大を首席卒業した人がいたんですよ。でも彼はマティスみたいな感じの売り絵作家になっちゃった。もったいないと思うんだよね」
私がそう呟いた時、陶芸の彼が突然怒り出した。

< あんた、なんてこと言うんだよ。絵描きが売り絵を描くのはあたりまえだろ! そりゃ間違ってるよ。いいかい、多くの人が欲しがるのは小難しい絵じゃないんだよ。分かりやすくなきゃ売れないだろ …うんぬんかんぬん>

そう諭されて初めて、私は自分がそれまで考えていたアート意識の偏狭さに気づかされた。
「…えっ…?…う~んそうか! そうですね!そんなふうに考えてちゃいけないですね!!」
その会話によって 、凝り固まっていた私の固い頭が 『藝術』から、庶民的な『げーじゅつ』へと、解きほぐされたのだった。

クラシック界の世界的権威に一度は認められた古関氏にとって、歌謡曲なんて眼中になかったのだろう。周囲の人からのサゼッション(暗示・提案)があって初めて気づいたわけだ。若いころの私もこのドラマ 同様に、 かっこ付の 『藝術』 の陥穽(カンセイ:落とし穴、わな)に 陥っていたわけだ。

これに気づかされることで 古関氏 の作曲の才能と世間の感覚とがやっとと共鳴しあいその結果経済的にも満たされるようになった。

近ごろのTV番組は「焼き直し」ばっかりだから TV自体をほとんど観ない。「エール」だけは時折見ているのだが、 6月27日(土)<第13週>をもって、放送を一時休止して第1回から再放送するという。残念だな。

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