1017  熊谷守一美術館へ行った

街と文化

きっかけは「豊島区役所」見学

熊谷守一には図書館で昨年ぐうぜん興味を持った。池袋あたりにある彼の個人美術館へはいつか行ってみたいと思っていた。今回、隈研吾建築都市設計事務所が外観デザイン監修した「豊島区役所」を見に行こうと思ったら、その近くに熊谷守一美術館があった。だから結果的に熊谷守一美術館に行くことになった。

不思議な地下鉄

「熊谷守一美術館」のある「要町」までの交通はすごく便利だ。横浜から「東横線」が「副都心線」に乗り入れているから直通で50分ほど、座って行ける。ところで「要町」には「有楽町線」と「副都心線」の2本の東京メトロが停車する。地下鉄路線図にはこの2本が池袋から先はまるで一本の路線のように並行して表示されている。この関係がどうなってるのかすごく不思議だった。でも要町に降りてみて分かった。これらは「上下2層構造の路線」で重なり合って要町通りの地下を走っているかなり奇妙な路線だった。

不思議な道路

「要町」は、池袋駅のとなりにあって池袋まで徒歩圏内。 少し早めに到着したので辺りを眺めながらゆっくり歩いた。 駅前には繁華街もなく静かで落ち着いた住環境にみえる。でも、ここの大通りは不思議だった。片側2車線の両側に、えら~く広い茶色の歩道がある。そこに植え込み帯もあるのだが、ところどころに「側道?」というのか道路が入り込んでいる。この側道には車が走っていなかった。この道路はいったいなんだ? もったいないほど余裕ありすぎだ。

大通りをそれて小路を進むさいに案内看板があった。少し行くとまた看板があり、次々と案内看板がある。ご丁寧に電柱にも案内表示があった。ここまでこまめに案内してくれなくても…、と思えるほどだった。

有楽町線・副都心線の2本が並行する地下鉄、広すぎる道路や歩道、多すぎる案内看板。これらを無駄でもったいないというのか余裕というのか?

熊谷守一美術館

熊谷守一美術館 http://kumagai-morikazu.jp/

個人美術館だからこじんまりしたコンクリート製キューブ型の建物。HPの案内写真には、入り口脇に大きな樹が写っているのだが現在は無い。樹木が失われていく経緯は館内に説明があった。もしもモリカズが住んでいた旧家が残っていたとしても木造家屋を維持するのはたぶん困難だったろうな。
「あのね、榧(カヤ)さん、そうじゃないの、カヤさん聞いて」「あのね、それでねカヤさん…」
と、カウンターにいる方が一生懸命に電話しつづけていた。何か外部から依頼された話を伝えて了解を得ようとしていた。相手はここの館長でモリカズの次女の榧さんだろう。 カヤさんは1929年生まれだから今年91歳。 なかなか話が通じないようだ。

一階の展示室 はカウンター脇にあるから電話の声がよ~く聞こえる。「カヤさんちょっと聞いて…」と延々とつづく声を背に「うるさいな」と思いながらも「微笑ましい」とも思いながら私は作品を観ていた。

線のウマウマとらくがきヘタウマ

油彩の作品は4号や6号の小品がほとんど。 彼の晩期に描かれた油彩の特徴は赤の細い線。面塗りの後から書き加えたのではなく塗り残したものだとのことは知っていた。でもどうやって塗り残したのだろうか? 実際の画面を観て「塗り残し」であることを確認したかった。
実物を観るのは初めてだったが細い線がていねいに塗り残してあった。今の私なら老眼が進んでるからメガネをかけてこれだけ繊細な作業をすることは難しいと思った。 モリカズさんは早くから仙人ような老い方をしてたのに、これだけの微妙な塗り方ができたのは不思議だった。印刷の画面から絵の具の凹凸まではわからないから、今回それが確認できて嬉しかった。

線には技術が出る。
藤田嗣治はフリーハンドで正確な円を描いて人を驚かせた。
ピカソは線だけでボリュームを表現できた。
キリコはヘタウマの一人だが、彼の描いた黒い輪郭線は細くきっちり盛り上がっている。
モリカズさんの油彩の輪郭線は、真似できない見事な塗り残しの細線だった。
この線だけはヘタウマじゃなくてウマウマだった。

モリカズさんは芸大主席卒業だ。
誰もが思うことだろうが「上手く描けるはずなのにそうしない」ことが不思議だ。
白い画面を前にしてはじめからヘタに描いてやろうってことはしないはず。
モリカズさんなら何も考えずに描いても上手く描けてしまうはず。
上手く描けてしまう人は、上手く描かないと気が済まないはずだと思う。
いくらヘタな人でも、5年十年つづけていれば自然に上手くなっちまう。
「なぜ、こんなにヘタに描きつづけられたのだろうか?」
私は作品を観ながらそればかり考えていた。

そうだな…それは…
きっと、他人の評価を気にしなかったからじゃないかな。
「認められたい」「評価されたい」と思ったら上手く描かないと…
だれでも、落書きするときには上手いもヘタも考えないものだ。
モリカズさんが描いたときは、他人を意識しない落書きの気持ちだったろう。
生活のために作品を売らなくちゃ…。売れる絵を描かなきゃ…
彼はそうしたシガラミからは開放されていたのだろう。
なんてったって文化勲章を断っちゃう人だからな。

奔放な彼を支え続けた家族や友人は、なんと素晴らしかったのか。
そう思った。

小さな美術館で作品数も少なかったが、10時半の開館から約1時間半ほどいた。
その間、お客さんは5組ほどしかいなかった。
時が止まったようだった。

学生制作作品 熊谷守一美術館
https://www.youtube.com/watch?v=JeUFfE8cs5o

【4K】たうんニュース2018年4月「熊谷守一展の開展式」
https://www.youtube.com/watch?v=L8d8uZ7Sq-0

東京国立近代美術館 没後40年 熊谷守一 生きるよろこび
https://www.youtube.com/watch?v=8AOq2kk0vyM

色と形の科学者 熊谷守一の画業をたどる
https://www.youtube.com/watch?v=YVJ27PWCwmo

晴れの国生き活きテレビ(令和元年10月20日)
https://www.youtube.com/watch?v=rzGqoGB8jVk

「熊谷守一展 わたしはわたし」伊丹市立美術館(2020年6月2開催)
https://www.youtube.com/watch?v=wDIt_YLZQ4o

美術館で「周辺のランチマップ」というチラシをもらった。昔ながらの町の食堂に立ち寄った。「とんかつ」を唄っているが何でもあった。店のおっちゃんおばちゃんの気働きが心地よかった。
要町「とんかつ 丸幸」http://blog.livedoor.jp/go_backdrop/archives/51879096.html

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