「槇 文彦」の建築が見たかった
私が横浜に移転した翌年の2020年に「新横浜市庁舎」が完成した。
その年の秋、「村野藤吾」と「槇文彦」の建築作品を紹介する二人の建築展が開かれた。
それまで建築への関心が無かった私なのだが、この展示により二人の建築家を初めて知った。
「槇文彦」は、建築界のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞をはじめ、数々の国際的な賞を受賞している。「東京体育館」は彼の代表作のひとつとされる。
1959年「旧市庁舎(7代目)」を設計したのが「村野藤吾」
2020年「新市庁舎(8代目)」の設計者は「槇文彦」

7代目市庁舎は、横浜開港100年記念事業の一つとして村野藤吾により設計されたもの。跡地の議会棟は解体され超高層タワーになり、行政棟は原位置にホテル「OMO7横浜 by 星野リゾート」として残された(上図の赤丸)。
現在の8代目新庁舎は槇文彦が率いた設計チーム(槇総合計画事務所)による建築。
巨大建築なのに圧迫感を抑え、低層部に商業施設やアトリウムを入れ、単なる役所ではなく「街の延長」にし、槇文彦が得意とした「都市の公共空間」づくりを生かした晩年の作品として好評だ。
ロボット風が気になった
ところで、槇文彦設計「新市庁舎」では脇の小さな建物が目についた(上図の赤矢印)。
直線的で何となくロボット顔を感じさせる建物。これは、横浜市会(市議会)の本会議場や委員会室などが入る部分で、船をイメージしたのだそうな。
「こんなもん、くっつける槇文彦ってどんな人かな?」って気になっていた。
それで、「体操NHK杯」会場の東京体育館が「槇文彦」設計ってことで、
楽しみだったわけだ。
「東京体育館」は2代目
「東京体育館」1代目は、1956年(s31)竣工し、1964年(s39)の東京オリンピックでは体操と水球の会場として使用された(下写真の左上)。かまぼこ屋根のふつ~の体育館だ。
2代目は槇文彦の設計によって1990年に竣工。現在の近代的外観を誇る姿でリニューアルされた。今日、コンサートやスポーツ競技場として使われるほか、通常時は体育館やプールが市民に開放されている(下写真の右上)。
外観が、「ガンダムみたい」とか「UFOみたい」とか言う人がいる。
ピカピカ光ったステンレスが多用されて浮き上がりそうな軽さがある。
なにか平べったいって思たら、地下2階・地上3階建。アリーナを地下に埋めることで圧迫感を避けたそうな。

矩形の敷地内に、メインアリーナ、サブアリーナ、屋内プールといった各施設がある。それぞれが個性的で独立した建物としての存在感を保ちつつ屋外空間を一体的に形成している。
なぜ、柱なしで…?

屋根の直径120m。
丹下健三の代々木体育館と比べて構造がかなり違う。
柱なしで、どうやって広大な天井の重量を支えてるのか? 不思議だった。
「キールアーチ」だそうな
東京体育館 の屋根を大スパンで支えるアーチ構造には「キールアーチ」が使われている。
「キールアーチ構造」は、船の背骨にあたるキール(keel)のように、建物全体を大きな弓形のアーチで支える構造形式。2020年・新国立競技場の設計で話題になった「ザハ案」(下写真左)で知られるようになったもの。
内部から見上げる天井の曲線がすごく自然で美しい。
スゴイもんだって、ほればぼれした。
ところで、コリャ…?
帰りがけ、正面広場に錆びた鉄の塔があることに気付いた。
すき間を開けてカットした鉄板が溶接され、ボロボロに錆びている。
「何か汚い…、ナニこれ?」
後で調べたら、これは2020東京オリンピックの公式エンブレム作者・野老朝雄氏による記念モニュメントだそうな。そういえばエンブレムはこんな感じだったなと思いだした。(下図の右下)
それから、もう一つ思い出した。
「佐野ケン案が盗作疑惑でポシャって、再公募して決まったのが野老案だったよな。」
佐野ケンは、その後もパクリデザインがいろいろ指摘された。
だからもう浮かび上がれないだろうと思っていた。
しかし何と、「つや姫」のパッケージが佐野ケンデザインだということだ。
「つや姫」は、私が大好きな米のブランド。
しかもこれまで「つや姫のデザインは良く出来てるな~」って感心していたものだった。
佐野ケンはしぶとく生きていた。
おわり
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