08/27 老い…さらば ①(勢古浩爾) 

その他

列車で席を譲られた

「どうぞ…」って、
立ち上がったお嬢さんから初めて席を譲られた
「えっ、私のこと…?」って、驚いた。

列車で立っていても、まだまだ足腰は平気だけど
「私も、
席を譲られる歳に…なったのか。」
「外見は、けっこう老いて見えるのかな~。」
って思った次第。

さらばえる

「老いさらばえる・老い曝える」 という言葉がある。
「さらばえる」は古語で、ある状態が極端に進むこと
を表す。
単に高齢であるという以上に、衰弱し、かつての面影もなくなってしまった様子を強調している。

▶「老いさらばえた父の背中が、妙に小さく見えた。」
 = 文学作品で老いた人物の悲哀や衰退を描写するとき。
▶「あの老いさらばえた長老たちに、もはや時代を導く力はない。」
 = 時代遅れのまま権力にしがみつく人物を批判的に表現するとき。

侮蔑的な響きが強いため、日常会話やビジネスシーンでは使用を避けるべき言葉とされる。

老い…さらば

いつのまにか、私も73才になってしまったわけだけど、
自分では老い」の意識は全く無い
きっと今後もズ~っと「老いた」なんて思わないだろう
だから思うのです。
老い」には「別れを告げよう=さらばしよう。
「老い…さらば」だ。

年寄に、年寄意識はゼンゼン無い

以前、夜中にポッドキャストだったろうか、
勢古浩爾さんが話してた。
「老人は老人だと思ってないんだよ」

私も、たしかにそうだよな~って思いメモをとった。
以下は、その時のメモです。

■  俺は老人(勢古浩爾)■

誰も自分が老人だと思っていない
老人のようで老人ではない。

人との関わりの中で老人と認識させられる。
中心にあるのはいつも自分。
一人でいる時は老人だと思わない。

オレ意識は老人意識より勝る。
体が疲れる、病気が増える。
心と体とのギャップほど残酷なものは無い。

意味も価値もない人生を生きていく。
何を生きがいにするのか?

▶ ストレスもなく、好きなものを食べて楽しく生きるのが一番(和田秀樹)
 だが、楽しく生きよ」が逆に脅迫観念になる。
 そんなに日々の生活の中で楽しいことがあるか?
▶ 生物学的に生きていることに意味なんてない(池田清彦)
  人生には何の意味も価値もない。
 生きがいもないし、目的もないが、それでも生きていかねばならない。

無我夢中、我を忘れるという状態に、老人という意識は皆無だ

生活の中心に夢中になれることがあるのが幸せの要件
人は、我を忘れている時が幸せの要件

「楽しいことは嫌い」と言う人はいないだろう。
生きてるだけで楽しい。
病気になると、健康が一番と気づく。

サンプルを読んでね

▼下画像クリックで、読めます。

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すこし…老人について考えたい

≪ そうしてみると、奇妙なことが分かる。≫

多くの老人は、見かけは老いぼれてるけど「心は老人じゃ無い
ヨボヨボ歩いてても「心は若者とおんなじ」

ボーっとベンチに座っていても「疲れたサラリーマンより心は健康 かも知れない。
いやきっとそうだろう。

「老人力」という言葉を発案したのは赤瀬川原平
彼は、ニセ千円札事件で捕まるなど問題人だが、その発想力はとんでもなく面白い。
     ▶ 赤瀬川原平 Wikipedia  https://ja.wikipedia.org/wiki/

老人力は、赤瀬川原平が1997年に提唱した概念。
これは「物忘れが激しくなった」など、老化による衰えというマイナス思考を
「老人力がついてきた」というプラス思考へ転換する逆転の発想である。
ふつうは歳をとったとか、モーロクしたとか、あいつもだいぶボケたとかいうんだけど、そういう言葉の代りに、
「あいつも、かなり老人力がついてきたな」
というふうに言うのである。そうすると何だか、歳をとることに積極性が出てきて、なかなかいい。

そうしてみると、私の老人力は、マダマダだな。
でもね、日本は人口の約3割65歳以上
老人の生き方について、もっと肯定的・積極的な意見があっても良いではないか?

だから、老人について、もうすこし考えてみたいと思った。
これから図書館へ行ってみるよ。
おわり
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